ミニチュアカー

スパークの「ヘスケス308E」を買う

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 去年はスパークのオールドF1路線、とくにマイナー路線に加速度がついた1年だったような気がします。

 というわけで、今さらですが、この1年で購入したスパークの話です。1977年のヘスケス308E。ペントハウスカラーが有名ですね。ドライバーはルパート・キーガン。

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 ベルギーGPモデルですが、このレースでは14周でリタイアしています(予選19位)。オートスポーツ1977年8-1号に掲載されたベルギーGPレポートでは予選も本選も一切触れられず(笑)。この時代のオートスポーツは、予選下位は、レポートの最後にまとめて名前だけずらずらと羅列しいたのでですが、ここでは、そういう羅列扱いすらされていません。出走リストに載っているだけ。これをモデル化するとは、かなりのものです。

■1977年のF1コンストラクターズランキング
1位 フェラーリ312T2
2位 ロータス78
3位 マクラーレンM26/M23
4位 ウルフWR1
5位 ブラバムBT45/BT45B
6位 タイレルP34/007
7位 シャドウDN8
8位 リジェJS7
9位 フィッティパルディFD04/F5
10位 エンサインN177/N175
11位 サーティーズTS19
12位 ペンスケPC4
ー マーチ761/761B/771
ー ヘスケス308E
ー コジマ009
ー LEC CRP1
ー BRM P207/P201B
ー ルノーRS01

スパークの「エンサインN177 アルゼンチンGP 1977」を買う

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 スパークのミニカー「エンサイン N177 アルゼンチンGP 1977 C.レガッツォーニ」を買いました。7344円。送料が500円かかっているので、合計7844円。

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 マイナーF1好きなので、エンサインは気になるコンストラクターだったりします。というわけで、いつのまにか3台集まってしまいました。1976年英国GPのクリス・エイモンのマシン、同い年のイタリアGPに出走したジャッキー・イクスのマシン、そして今回買ったのはクレイ・レガツォーニモデル。マイナーF1なのにドライバーは豪華ですね(笑)。

 そもそもN176とN177の違いってミニカーをみるだけではほとんど分かりません(ミニカーメーカーの製作上の都合は置いておくとして)。

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 どういう進化を遂げたのか調べようと『F1全史1976-1980』(ニューズ出版)を開いたところ、1977年の解説に「マシンは前年デイブ・ボードウィンが設計したN176の小改良型N177」と書いてありました。「小改良」、つまりはマイナーチェンジということですね。

 N177の素性を調べるにはN176を知る必要がある、というわけで、今度は『F1全史1976-1980』の1976年の解説を見ると、「N175の改良型N176(デイブ・ボードウィン設計で参戦」という記述。改良を続けてますねえ(笑)。

 勢いづいて『F1全史1971-1975』の1975年の解説を見てみます。「N174で前半を過ごし、後半N175(モーリス・ナン/デイブ・ボードウィン設計)で参戦」。写真を見る限り、N174もN175と大きな差は見られません。じゃあ、1974年の解説を見ると、「N173の改良型N174(モーリス・ナン)が主力」とあります。どれだけ改良して使い回しているんだという話ですね(笑)。そして1973年まで遡るとようやく「改良型」ではない話が出てきました。

「モーリス・ナン率いるF3コンストラクターのエンサインにF3出身の新人フォン・オペルがF1マシンの製作を依頼。フランスGPがデビュー。タイプ名N173(あるいはMN01)。内容はコンベンショナルだが、大柄でスタイリッシュなボディ形状は斬新」。

 つまり1973年に投入した最初のマシンをずっと改良していたわけですね。いい時代だと思います。今のF1より全然いいと思う。

 それにしても、ボディ形状は「スタイリッシュ」で「斬新」だったのか。写真を見る限りはスポーツカーノーズのモデルですが、どのあたりが斬新なのかは、残念ながら70年代前半に詳しくないのでよくわかりません。葉巻型からクサビ型への進化、そしてスポーツカーノーズの台頭と、70年代前半もいろいろ面白そうなのですが、先立つものがないので、手は出せないなと(笑)。

 1977年のアルゼンチンGPはシーズン初戦。チームウルフがF1参入初戦で優勝を飾ったレースとして知られています。

 レガツオーニのエンサインは予選を12位で通過。優勝したJ・シェクターのWR1は予選11位ですから、悪い結果ではありません。以下はオートスポーツ1977年3-15号より。

「J.シェクターにつづいてC.レガゾーニがはやかった。今シーズン、彼はエンサイン・チームからの出場だ。彼はプラクティスでは終始オーバー・ヒートに悩まされ、最後はエンジン・ストップ寸前の状態であった。それでも彼は会う人ごとに『去年のフェラーリよりずっとドライブしやすい』としゃべりかけ張り切っていた。」

 果たして結果は見事6位に入賞。ポイントを獲得しています。

 ちなみにこの年のレガツオーニのドライバーズランキングは10位。前年は5位ですから、ドライブしやすさと成績は直結しないということですかね。

スパークのミニカー「アロウズ FA1 スウェーデン GP 1978 No.35 2nd R.パトレーゼ 」を買う

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 送料込みで7628円でした。

 アロウズFA1は、昔、鈴木亜久里が所属していてフットワークがスポンサーだったF1チームアロウズが、F1に初めて投入したモデルです。

 当時のチームメンバーはシャドウから離脱した人たちが中心で、デザイナーのトニー・サウスゲートが設計したFA1は「シャドウから『コピーだ』と訴えられ敗訴」(『F1全史1976-1980」』)。第12戦のオーストリアGPから新モデルのA1を投入しています。

 シャドウDN9と並べてみます。
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 この2台は、ロータス78の成功を踏まえて、デザインに関わったトニー・サウスゲートがさらに進化させたウイングカー、という位置づけですが、残念ながらどちらも成功とまでは言えない結果に終わっています。ドライバーのリカルド・パトレーゼは全16戦中4戦に入賞。ドライバーズランキングは9位。

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 今回モデル化されたのは、結果的に最上位だったスウェーデンGPの出走車。この年のスウェーデンGPは、ブラバムがファンカーを投入し、優勝したレースとして知られますが、このレースでニキ・ラウダのブラバムBT46/2に続く2位でフィニッシュしたのが、パトレーゼのFA1でした。

 予選も5位に入っています。オーツスポーツ1978年7-5号から。

「5番手と6番手にはR.パトレーゼとジョディ・シェクターがポジションをとった。アローFA-1のパトレーゼは、第1日目のプラクティスが終わったところで、グッドイヤーから“第1グループ”と同じタイヤの配給を受け、ぐんぐんタイムを縮めた。」

 本戦では、終盤にロータス78のロニー・ピーターソンと激しい2位争いを繰り広げます。

 ピーターソンは12周目にパンクでピットイン。順位を17位まで落とします。そこから「目のさめるような追い上げ」を見せ、終盤にはパトレーゼの後ろの3位につき、しかも「その差は周回ごとに1秒ずつちぢまる」状況でした。オートスポーツによれば「優勝したラウダがチェッカード・フラッグを受けたときにでもスタンドの観客はラウダをそっちのけでピーターソンがどうなったかに注目していた」そうです。

「最終コーナーを回って、ゴールドのアローとブラックのロータスがほとんど一体となってホーム・ストレッチに入ってきた。スタンドは総立ち。ピーターソンはアローのスリップ・ストリームにはいり、最後のダッシュに賭けた。しかし、パトレーゼもよく頑張り、けっきょく鼻の差で2位はパトレーゼに、健闘したピーターソンは3位に終わった」

 1978年のパトレーゼとピーターソンに、この後、何が起きるかを知っている今、記事を読むといろいろと考えちゃいますね。

 アマゾンにはブラジルGPのモデルがありました。このレースがアロウズにとってF1のデビュー戦になります。

スパークの「ペンスケPC4」を買う

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 ATS-Penskeと同時に届きました。

 1976年から1980年のF1ミニカーを集めていますが、いい加減な人間なので、カラーリング違いに興味はなく、GP違いもよほどのことがない限り買ったりしないのですが、ATS-PenskeとPenskeと名称が異なっていたので、つい買ってしまいました。

 こちらはアメリカGPモデル。D・オンガイスというドライバーが乗ったようですが、予選は最下位。本戦も6周でリタイアしています。オートスポーツ1977年12-1号の記事では名前だけ出ているというレベル。

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 70年代後半のF1をコレクションしているのは、個人的にこの時代のF1のデザインが一番好きだからです。とくに77〜78年は楔形とスポーツカーノーズとウィングカーが混在しているから、見た目にもバラエティ豊かで楽しい。

■1977年のF1コンストラクターズランキング
1位 フェラーリ312T2
2位 ロータス78
3位 マクラーレンM26/M23
4位 ウルフWR1
5位 ブラバムBT45/BT45B
6位 タイレルP34/007
7位 シャドウDN8
8位 リジェJS7
9位 フィッティパルディFD04/F5
10位 エンサインN177/N175
11位 サーティーズTS19
12位 ペンスケPC4
ー マーチ761/761B/771
ー ヘスケス308E
ー コジマ009
ー LEC CRP1
ー BRM P207/P201B
ー ルノーRS01

スパークの「ATSペンスケPC4」を買う

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 ATS-Penskeですが、表記はレース当時の日本版「オートスポーツ」誌に準拠(笑)。ATSって最初はペンスキー、もといペンスケのスポンサーだったんですね。そこから翌年コンストラクターになるのか。

 ドライバーはH・ビンダーでオランダGPモデル。一応完走して9位。予選は18位。

 オランダGPのレースレポートはオートスポーツ1977年11-1号に載っていますが、このマシンに関しては、予選下位マシンその他大勢でずらずらと名前が羅列されている部分の1人として載っているだけです(笑)。

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 備忘録として1977年のF1コンストラクターズランキングを。
1位 フェラーリ312T2
2位 ロータス78
3位 マクラーレンM26/M23
4位 ウルフWR1
5位 ブラバムBT45/BT45B
6位 タイレルP34/007
7位 シャドウDN8
8位 リジェJS7
9位 フィッティパルディFD04/F5
10位 エンサインN177/N175
11位 サーティーズTS19
12位 ペンスケPC4
ー マーチ761/761B/771
ー ヘスケス308E
ー コジマ009
ー LEC CRP1
ー BRM P207/P201B
ー ルノーRS01

 ペンスケがランキングに入っているのはロングビーチGPでJ-P・ジャリエが6位に入賞したから。そちらもモデル化されているんですが、まあ、そこまでこだわらなくてもいいか。

マイナーF1をいろいろ買いました


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 コレクションしている1976年〜1980年のF1ミニカーですが、スパークからあれこれ出てくるので、ちょっと大変なことになっています。

 個人的にはよく出来た最新モデルよりも、昔発売されたいい加減な造形のミニカーのほうに興味があるので、新モデルはドライバーとかレースとかにこだわらず、その年のモデルを1台だけ選んで買えばいいやと思っているのですが、それでもけっこうな出費になります。

 最近の特徴は弱小チームの充実ですかね。最近買った代表的な弱小チームは以下の3台かな。

エンサインN176 イタリアGP No.22/1976年
コパスカーF5 ベルギーGP No.28/1977年
メルツァリオA3 No.24/1979年

 チームの年間順位および獲得ポイントは以下の通り。

エンサイン(1976年) 12位/2点
コパスカー(1977年) 9位/11点
メルツァリオ(1979年) 順位なし/0点

 こんなモデルが発売される日がくるとはなあ(笑)

スパークの「シャドウDN8」を買う

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 スパークから出たシャドウDN8。アラン・ジョーンズのドライブで、1977年のオーストリアGPで優勝しています。この勝利はアラン・ジョーンズにとっても、シャドウ・レーシング・カーズにとっても、F1で初めての(シャドウにとっては唯一の)勝利でした。

 予選14位からスタートしたジョーンズは徐々に順位を上げ、16周めに2位へ。ただなかなかトップを走るハントとの差は縮まりません。ですが、残りあと11周というところで、ハントのマクラーレンM26がエンジントラブル。ジョーンズはトップに躍り出ます。

 オートスポーツ1977年10-15号のレースレポートよりアラン・ジョーンズのコメント。
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「前を走っていたハントがリタイアし、自分がトップになったのを知って、正直いってボクはパニックにおちいった。何しろ生まれて初めての経験なのだ。それからあとは、ただエンジンがブローアップしないように、タイヤが外れ落ちないように、と祈りながら走った」

 1980年にはシリーズチャンピオンを獲得するジョーンズですが、まだ初々しいですね。

 この号では「F1マシン・ヒストリー」という記事でもシャドウDN8を取り上げています。

「オーストリアで勝ったマシンはDN8の改良型である。(中略)DN8改の主な変更点は、オイルクーラーのマウント位置、およびボディのサイド・カウルの形状変更、さらにエンジン・カウルの取り外しである。」「以上の改善により、空気抵抗を著しく減少し、空力的特性も大いに向上した。その結果、走行性能向上に格段の進歩が見られた。」

 記事には77年代前半のモデルと優勝したマシンを上下に並べて比較していますが、たしかに、1)オイルクーラーがフロントに移動し、2)サイドのカウルがスッキリしていて、3)エンジン上のカウルがなくなっています。これで空気抵抗が減少し、重量も軽くなったと記事は解説しています。

「その成果がDN8改で、曲がりなりにもF-1サーカスの立役者たる資格を獲得することになった」

 ただスパークのミニカーを見ると、記事通り、オイルクーラーはフロントにあり、サイドのカウルも以前よりスッキリしていますが、エンジン上のカウルはついています。オートスポーツの解説記事の写真は、エンジンがむき出しのまま。どういうことだろうと思って、もう一度、オーストリアGPのレースレポートを見ると、そこに載っているDN8の写真は、スパークと同じようにエンジン上にカウルがついていました。

 なぜこういうことが起きたか、同じ仕事をしているので思いつくことがないわけではありませんが、インターネットがない時代のことを今からあれこれいうのもちょっと違うよなと年寄りなので思ったりします。そういえば、新人の頃、上司にファックスがなかった時代のことを語られて「そんなことを言われてもな」と思ったのを思い出しました。ちなみにその上司は新人時代、コピーがなかった時代のことを語られて同じことを思ったそうです(笑)。

Racing Modelsの「The Merzario Ford A1」を買う

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 のぞいちゃダメだと思いながら、久しぶりに見てみたRacing Modelsのサイト。そこには「The Merzario Ford A1」という文字がありました。

 メルツァリオ!

 前年はマーチ761Bで参戦していたアルツーロ・メルツァリオが、マーチを改良して作り上げたマシンです。位置付け的には、先日買ったApollonに近いとも言えなくはありません。

 ただ決定的に違うのはApollonが1戦しか参加していないのに、メルツァリオは全レースに参戦していることです。結果は予選通過が8戦、予選落ちが8戦。いや、頑張りましたよ。

 サイトの紹介文を見て笑いました。

The Merzario Ford A1 as entered in the 1978 Monaco Grand Prix by Arturo Merzario. Arturo did not qualify for the race.

「Arturo did not qualify for the race.」(笑)。予選を通過したマシンをモデル化すればいいのにと思ったりもするのですが、なにか事情があるのでしょうか。

 1978年のオートスポーツをぱらぱらとめくってみます。

 3-15号の表紙に「メルツァリオA1」という文字が載っていました。
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 ただ独立した記事は見あたらず。探してみると、「最新パドック情報」というページで、その他のチームと一緒に紹介されていました。

「★メルツァリオ:このチームは、アルゼンチンのガレージで初めてA1を発表した。要するにスタンダード・キット・マシンであるが、最初のデザインよりかなり全高が高くなっている。しかし、メルツァリオが昨シーズン乗ったマーチより悪いということはないし、他の人間が作ったマシンよりはるかにメルツァリオは乗りやすそうであった。」

 なんだか、誉めてるんだか、けなしてるんだか、よくわからない文ですね。「スタンダード・キット・マシン」という単語も初めて知りました。こういうマシンが成立したから、70年代のF1は楽しかったんでしょうね。

 話をモデルカーに戻すと、金額は日本円換算で1万1803円でした。正直この金額は厳しいけれど、この先、メルツァリオがモデル化されることは、まずあり得ないと思うので仕方がありません。それともこのクラスが当たり前みたいに店頭に並ぶ未来がくるのかな。

 なんだかどんどんコレクション対象(1976年〜1980年のF1)のモデルが発売されるみたいで、金銭的にはかなり厳しいことになっています。

 わがままなもので、ここまで次々に出てくると、「もういいかな」みたいな気分になってきます。基本的にはブランドは違っても持っているマシンは様子をみようなかと。

 eBayを小まめにのぞきながら、昔のポリスティルとかを地道に集めているほうが楽しい気もしますね。違いがどこにあるのかわからないモデルを集めてコンプリートを目指すよりは。

※F1ミニカー関連は、自分の備忘録として、別のサイトにまとめていくことにします。Googleの「Blogger」というサービスにも興味がありまして。【F1ミニカー拾い集め日記(1976〜80年限定)】

スパークの「リジェJS11-15」を買う

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 リジェJS11-15は、1979年に登場したリジェJS11を改良して、1980年に参戦したマシンです。この年のコンストラクターズランキングは、ウイリアムズに続く2位。ドライバーズランキングでもラフィーが4位、ピローニが5位に入っています。

 モデル化されたのはドイツGPのラフィー・モデル。優勝したレースです。Racing Modelsに代表される「成績悪いのにモデル化」というパターンに比べると、正しいプロセスだと思いますね。あ、でも、予選落ちしたマシンもモデル化するというRacing Modelsの取り組みも素晴らしいとは思いますよ(笑)

 レースレポートが載っているオートスポーツ1980年10-15号を見てみます。
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 表紙はルノーRE23。表紙にある「西ドイツ」という表記が懐かしいですね。まだ東西冷戦の時代でした。

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 表4はフェアレディZです。雑誌広告なのに横長に作るというのがすごいなあ(笑)。


「トップが二転三転、けっきょく最初にチェッカード・フラッグを受けたのは、J.ラフィーだった。やっと待望の一勝をあげたラフィーの幸運というよりもJ-P.ジャブイーユやA.ジョーンズにツキがなかったといえそうだ。」

──これがリード。身も蓋もないというか。

 とりあえずポールポジションはアラン・ジョーンズのウイリアムズFW08。だけどレースが始まるとあっさりジャブイーユのルノーRE23に抜かれる。それがエンジン異常でジャブイーユがリタイア。前戦まで3連勝していたジョーンズの4連勝間違いなしというところで、今度はジョーンズのタイヤの空気が抜けて、ラフィーが首位へ。そのまま、優勝というレース展開でした。ウィリアムズの隆盛とターボ時代の到来を感じさせますね。

「ラフィーには喜びの表情はなく、シャンペン・シャワーのセレモニーも、レース後の祝賀パーティもなかった。『ここで勝ってもすこしもうれしくないんだ。この1週間というもの、パトリックのことで頭がいっぱいだった』とラフィーは寂しげに語った。」

 パトリックとは、前年のチームメイトだったパトリック・デパイユのこと。レース前週、ドイツGPが行われたホッケンハイムでアルファロメオをテスト中にコースアウトして事故死しています。

 スパーク以外に持っているJS11は1979年モデルが2台。RBAとポリスティルです。RBAって、ディアゴスティーニみたいな、分冊百科についてきたモデルなんですか。全然知りませんでした。
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 面白いのは、1980年のコンストラクターズランキング1位のウイリアムズと2位のリジェのマシンが、前年の改良モデルということですね。そのあたりの考察がオートスポーツ10-1号に載っていました。

「ドイツまでの結果でもわかるように、ウイリアムズFW07BとリジェJS11/15が、かなりの速さを示している。この2車に共通していることは、いずれも’79年タイプの改良型であり、ニューモデルではないということだ。」

「FW07にしろJS11にしろ、その基本デザインがすぐれているということである。とはいえ、とてつもなく秀でたデザイン(ロータス80のように)という意味で、すぐれているのではない。それはこの2車が。現代のサーキット、タイヤ、エンジンそしてドライバーの技術に高い地点で妥協しているということだ。妥協という言葉が適切でないとすれば、バランスしているといってもいいだろう。」

「たとえば、ダウンフォースとドラッグのバランスにしても、FW07BとJS11/15は、ストレートでもじゅうぶん速く、コーナーでもけして遅くないという意味で、実に適切である。」

 うーん、なんだかよくわからない文章だなあ(笑)。ロータス80のくだりは皮肉なんでしょうか。

 これが10-1号の表紙。デバイユです。
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 表4はスターレット。今見るとちょっと欧州車っぽいデザインですね。広告写真の撮り方が上手なのかな。
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※F1ミニカー関連は、自分の備忘録として、別のサイトにまとめていくことにします。Googleの「Blogger」というサービスにも興味がありまして。【F1ミニカー拾い集め日記(1976〜80年限定)】

マテルの「フェラーリ312T2 6WHEELS」を買う

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 1977年にテスト走行はしたものの、実戦に投入されなかったテストカーです。

 前輪4輪のタイレルP34、後輪直列4輪のマーチ、そして後輪並列4輪のフェラーリと、これで6輪のバリエーションは一通り揃いました。
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 トドロキスペシャルもありますしね。
【「グランプリの鷹 アローエンブレム トドロキスペシャル」を手に入れる】
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 タイレルの6輪はフロントのタイヤを小さくして空気抵抗を減らそうとしたわけですが、後輪のサイズがそのままなので、実は投影面積はそんなに小さくならなかったそうです。「なら後輪のほうを4輪にして小さくしたほうが投影面積は小さくなるんじゃね?」と考えたのが、マーチとフェラーリでした。ただコンセプトは違って、マーチは後輪2つを後方に追加し、フェラーリは横に足すという方式です。

 マーチのほうは、タイヤを回すシステムが2倍になるので、空気抵抗を減らすためだけにそれだけのことをする意味はあるのかという疑問も出てきます。その点、従来のリア・タイヤを二つ横につなげたフェラーリのほうがシンプルです。まあ、その分、タイヤ2個が横にはみ出しているわけで投影面積も増えるんじゃないかという気もしますが。

 オートスポーツ1977年5-15号に、グラビア2ページに加え、「ついに登場したダブル・タイヤのフェラーリ」という1.5ページの記事が載っていました。
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「フェラーリよ、お前もか──。このグロテスクなF-1マシンをさらに醜くする権利がお前にはあるのか。時とともに音楽が変わり、ファッションが移ろっていくのと同じで、フォーミュラ・カーの形も時の流れにさからうことはできないようである。」

 という詩的な文章で始まる記事は、さらにゴッホやシャガールはわかるけれどキリコやダリの絵は「どうもいただけない」と芸術論に進んでいきます。いいなあ、こういうノリ。嫌いじゃありません。

「しかし、いずれ時が過ぎ、次の時代になればこれらの絵も美しい、これこそ現代の美であると大勢の人達が認めるようになると思う。」
「一時代前のあのスリムな、いわゆる“葉巻型”のフォーミュラ・マシンから、現代の6輪車へと流れは大きく変わってきつつあることは事実である。」
「そしてタイレル。今回のフェラーリの6輪車は言ってみればシュール・レアリズムの絵画のように 衆人の理解の範囲から離れてはいるものの、未来を目指した新しいフォーミュラのフォルムではないだろうか。」

 残念ながら未来はそちらへは行かなかったわけですが(笑)。いつの時代でも未来予測は難しいです。

 オート・スポーツ1977年5-15号の表紙は、77年型のポルシェ935。
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 表4は、何の広告か一瞬わからないかもしれません、これはスバルの広告です。世界中の一流メーカーはみんな水平対向エンジンを採用しているよ、という内容。載っているのはスバル以外では、アルファロメオ、ワーゲン、シトロエン、ランチャ、フェラーリ、ポルシェ。この中で今も水平対向エンジンを搭載しているのはポルシェとスバルだけですね。未来はわからないものです。
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 ちなみにやはりマテルから出ている普通の312T2も、以前、買っています。
【マテルの「フェラーリ312T2」を買う】

より以前の記事一覧